講座概要
口腔健康科学講座は,2015年4月に歯科麻酔学講座と小児歯科学講座からの移動組にスポーツ歯学研究室と摂食嚥下リハビリテーション地域歯科診療支援科が加わり,様々な専門家が複合されて,多様化する時代の要求に応えるべく創設された新しい講座です(図1)。口腔の健康のための学問を多種多様な知恵を絞って,イノーベーションするのがコンセプトです。現在,大学院生11名も含めて常勤者は26名です。異なる専門分野の意見がぶつかり合いかつお互いに尊重し合い,相乗効果が生まれることによって,歯科の教育, 臨床,研究に新しい風を吹かせたいと考えております。講座は,障害者歯科・口腔顔面痛研究室,摂食嚥下リハビリテーション研究室,スポーツ歯学研究室と3つの研究室に分かれていて,本館の8階(スポーツ歯学),9階(摂食嚥下リハビリテーション),11階(障害者歯科・口腔顔面痛)と教室の場所も分かれています。しかしながら,前記した相乗効果を期待して,講座内で共同研究(図2)を活発に推進しています。診療も,障害者歯科,ペインクリニック科,摂食嚥下リハビリテーション科,スポーツ歯科と4つに分かれていますが,研究同様に共同診療(図3)を活発に推進しています。新型コロナウイルス感染症が流行してからは,対面で開催していた講座全体での勉強会や懇親会が自粛を強いられていますが,それでも1カ月に1度のWebによる講座会の場で熱い議論をしています。
それでは,各診療科の紹介をさせていただきます。
福田謙一 記(口腔健康科学講座主任教授)
水道橋病院 スペシャルニーズ歯科・ペインクリニック科
東京歯科大学同窓会の先生方,関係者の皆様にはいつもお世話になっております。平素よりスペシャルニーズ歯科・ペインクリニック科の患者様をご紹介下さり,誠にありがとうございます。多くのご紹介により2021年度のスペシャルニーズ歯科は延べ2,965例,ペインクリニック科は延べ8,395例と多数の患者様に通院して頂いております。2022年4月の時点では,初診は1カ月ほど,治療開始は症例にもよりますが初診から1カ月から2カ月ほどお時間を頂いております。安全な治療のため完全予約制とさせて頂いております。治療開始までお待たせしてしまいご迷惑をおかけしておりますがご協力のほどお願いします。神経障害や著しく強い痛みなど急を要する場合は可能な限り対応しております。その際は担当の先生から外来にお電話で相談して頂けますと幸いでございます。今後とも当科を宜しくお願い致します。
所属歯科医師
当科の歯科医師は日本障害者歯科学会,日本口腔顔面痛学会,日本歯科麻酔学会,日本摂食嚥下リハビリテーション学会,日本小児歯科学会といった専門学会に所属しております。研究室内ではカンファレンスや勉強会を定期的に行い,若手の育成にも力を入れております。特にレアケースが多い当科ではカンファレンスにより医局員全員で症例を把握し治療方針を検討しております。また臨床研究も盛んに行っており,患者様にご協力頂いております。
治療の特徴と流れ
当科はかかりつけ歯科医では治療困難な痛みや,全身管理や行動調整が困難な症例,すなわちスペシャルニーズをお持ちの患者様の治療に取り組んでおります。
スペシャルニーズ歯科
スペシャルニーズ歯科は,さまざまな事情により通常の歯科治療が困難な方々に安全で快適な歯科医療の提供を目指しております。対象疾患としましては知的能力障害や自閉スペクトラム症,神経運動疾患(脳性麻痺や脳血管障害の後遺症の方など),聴覚や視覚などの感覚障害,内科的疾患,各種症候群の方の歯科治療を行なっております。行動療法や薬物的な行動調整(静脈内鎮静法や全身麻酔)を駆使して安心安全な治療を心がけています(図1)。また,通法下の歯科治療を受けることを目標にトレーニングもしております。車椅子やストレッチャーでの治療実績もございます。また,歯科恐怖症や嘔吐反射も歯科麻酔科と協力しながら治療をしています。障害をお持ちの小児の治療は小児歯科と協力して行なっております。重度の心身障害をお持ちの方は近隣の三次医療機関と連携して治療しております。
ペインクリニック科
ペインクリニック科では,歯が原因の歯原性疼痛の診断,原因不明の歯の痛みや顔面の痛み,舌,口腔粘膜痛の方を主に診察しております。このような痛みで苦しんでいる患者様に対して迅速な除痛を図り,患者様のQOL の回復または向上を目指しております。具体的には生活指導をはじめとして,鍼や近赤外線照射,オーラルアプライアンス,トリガーポイント注射などの理学療法(図2),星状神経節ブロック(図3)や三叉神経ブロックなどの神経ブロック,経口投与または静脈内投与による薬物療法(図4)を行なっております。噛み合わせや,歯科治療に問題がないことを前提に治療を開始しますが,歯が原因の痛みの場合は歯科治療をご紹介頂いた先生に依頼させて頂くこともございます。その際は何卒ご協力のほどお願いいたします。痛み以外には痺れ,神経障害の治療を口腔外科と協力しながら神経修復外来という名称で治療しております。当科では,精密に感覚検査を行った上で薬物療法や近赤外線照射,レーザー照射,星状神経節ブロックを行なっております。
当科では同窓会の皆様のご紹介やサポートにより,原因不明の痛みも含めて様々なスペシャルニーズの患者様を診察させて頂いております。本項で当科のことを少しでも知って頂き,患者様の診療連携の機会になれば幸いでございます。患者様のご紹介や当科のご質問等ございましたら是非お問い合わせください。
問い合わせ先
東京歯科大学 水道橋病院
スペシャルニーズ歯科・ペインクリニック科(図5)
TEL:03-5275-1795
福田謙一(障害者歯科・口腔顔面痛研究室教授)
野口智康(障害者歯科・口腔顔面痛研究室講師)
水道橋病院&千葉歯科医療センター 摂食嚥下リハビリテーション科
当科は水道橋病院ならびに千葉歯科医療センターで診察を行っております。スタッフは数名ずつと小規模ですが,日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士を有する歯科医師,歯科衛生士を中心として,月あたりそれぞれ約200名診察しております。診療には歯学部と短期大学の学生,卒後臨床研修医だけでなく,専修科生など摂食嚥下リハビリテーションの知識・技術を修得したい先生方も一緒に参加しています(図1)。
当科で診察するケースは主に3つで,①いわゆる摂食嚥下障害,②口腔機能低下症,③口腔機能発達不全症です。赤ちゃんからお年寄りまで,年齢層は多岐に渡ります。最も多いのは①で,食べることに様々な問題を抱えた方と対面します。摂食嚥下障害とADL は当たり前ですが密接に関連し,食べることができなければ,運動もできません。このため,多くは外来受診が困難で,訪問診療を希望するケースは多いです。ただし,小児はご両親が若く元気であることもあり,外来受診なさる傾向にあります(図2)。
訪問診療は,外来診療に比べ安全性,効率性の面で劣りますが,患者側からは『自宅で診療が受けられる』という安心感が最大の利点です。食べることをみる我々にとっても,日常の状況をダイレクトに情報収集できることから,患者・介護者に無理のないアドバイスができ,その恩恵は大きいです。訪問診療には移動手段が必要となり,水道橋病院では公共交通手段を利用しています。千葉歯科医療センターでは医療連携車が現在2台稼働しており,車で移動しています(図3)。時には歯科衛生士が単独で口腔衛生管理のために訪問することもあります。
機能評価のためにはスクリーニング検査のほか,画像検査を行うこともあります。図4,5は日常の食事場面でも実施可能な嚥下内視鏡検査(VE)の一場面です。千葉歯科医療センターでは,口腔から食道まで観察可能な嚥下造影検査(VF)も実施しております(図6)。
摂食嚥下リハビリテーションは具体的に,食事場面でのアドバイスを主体とする直接訓練と,筋力・感覚向上を目的とする間接訓練とに大別されます。訓練メニューは患者個々により異なり,例えば鼻咽腔閉鎖不全がある場合,吹き戻しによるブローイング訓練を適用します(図7)。また意思疎通が困難な認知症のケースでも,図8に示すようなマッサージを通じて,機能維持を図っています。
コロナ禍の現在では,移動中,診療中の感染予防管理が極めて重要です。PPE を導入の上,感染予防に細心注意し,必要によりオンライン診療も適用しています(図9)。
居宅や施設への訪問診療には臨床実習中の学生も同行し,地域と密接した歯科の役割や,医療職のみならず福祉職なども含めた多職種連携の現場を臨床実習の一環として教育しております(図10)。また,定期的に科内での症例検討会や勉強会を通じて研鑽を積んでおります。
同窓の先生方におかれましては,是非とも当科に多くの患者様をご紹介いただきますよう,よろしくお願い申し上げます。
問い合わせ先
摂食嚥下リハビリテーション科
水道橋:03-5275-1732(地域医療連携室)
千葉:043-270-3900(予約センター)
石田 瞭(口腔健康科学講座 摂食嚥下リハビリテーション研究室教授)
大久保真衣(口腔健康科学講座 摂食嚥下リハビリテーション研究室准教授)
杉山哲也(千葉歯科医療センター 摂食嚥下リハビリテーション科/総合診療科准教授)
水道橋病院 スポーツ歯科
平素より,口腔健康科学講座スポーツ歯学研究室にご支援を頂き,また健康スポーツ歯科宛に患者様をご紹介頂き誠にありがとうございます。
当研究室は1998年10月に,スポーツ歯科医学の本格的な研究室として世界で初めて東京歯科大学に開設され,スポーツ歯科外来における臨床をはじめ研究・教育・スポーツ界において歯科の専門性を生かした支援・活動を行っております。
医局員は,日本スポーツ歯科医学会をはじめ,日本補綴歯科学会,日本臨床スポーツ医学会,日本睡眠歯科学会といった各専門学会に所属しており,また平成25年度より認定事業が開始された日本スポーツ協会公認スポーツデンティストも在籍しております。
スポーツ歯科医学とは「全てのスポーツ競技を通じて適切なスポーツ活動の選択,助言,診査,管理,監督と,また必要に応じて治療を行い,さらに専門的情報を提供することを目的とする特別な歯科医学の部門」であり,具体的には以下の3つの目標があります。(1)国民のスポーツを支援することにより,健康寿命の延伸およびQOL の向上に寄与する。(2)顎顔面・口腔外傷等の予防安全と安全意識の向上に寄与する。(3)スポーツ競技力の維持・向上に寄与する,です。これらの目標に則し,当研究室では選手の顎口腔系を守るための一般的な治療はもとより歯牙外傷に対する診断・治療,適切なマウスガードの製作法,顎口腔領域と運動能力や全身状態の関連の解説(図1)など多方面から教育に取り組んでおります。
アスリートへは,口腔衛生指導,安全指導,マウスガードの提供などのサービスを行っており,オリンピック・パラリンピック日本代表選手,リーグワン所属のラグビー選手,J リーグ所属のサッカー選手,プロ野球選手,小中高大学での部活動のサポートなど,対象は多岐にわたります。サービス提供に際しては個々の口腔内診査を行い,アスリートの口腔環境を把握し必要に応じて歯科治療,口腔衛生指導,マウスガードの提供などの介入を行い,歯・口腔の健康の維持・増進に努めております。また咬合力の測定や咬合状態の分析結果をフィードバック(図2)し,選手の運動能力,パフォーマンスの維持・向上にも積極的に取り組んでおります。また,かみ合わせと運動機能の関連について,アスリートにおける歯の重要性などスポーツ歯科医学的観点からの教育・啓発活動(図1)にも力を入れて行っております。そのため,咬合のアンバランスがスポーツパフォーマンスに及ぼす影響なども考慮し,咬合治療を含めた総合的歯科診療も行っております。特に噛むことによる健康・身体機能への影響についてはロッテ中央研究所と共同研究を行っており,得られた知見を基に学会発表を行うだけではなくアスリートへの積極的な支援に活用しております。
マウスガードの提供に際しては,選手の年齢,性別,参加種目,レベル,口腔内を考慮して,極力選手個々に適したものを選択しております。マウスガードは歯科医が提供するカスタムメイドタイプでも様々なものがあり,その安全性は大きく異なり画一的ではありません。現在最も安全性が高いタイプとしては,研究室で開発・改良を進めております,ハード&スペースタイプ(図3)が挙げられると思います。これはマウスガード内面と歯面との間に緩衝スペースを設けかつ2層の軟質材の間に硬いプラスチック材を挿入し,安全性を高めたものです。近年,光重合材を中間材として用いた簡便かつ効果的なタイプを開発,市販(ジーシー)し臨床に広く応用し良好な結果を収めております。チームサポートの場合には,昨今のCOVID-19感染症流行の観点から個人防護服の装着・印象採得前の含嗽剤による洗口を徹底した上で行っております(図4)。
臨床では各種競技のプロ・アマの選手から一般のスポーツ愛好家までサポートさせて頂いておりますので,時には外傷後の顎顔面の保護装置としてフェイスガードを提供するケースもあります。
また当科では睡眠時無呼吸症候群への対応も積極的に行っており,患者様より「睡眠時無呼吸症候群の診断を受けたので口腔内装置(図5)の作製をお願いしたい」とのお問い合わせを多数頂いております。患者様からの直接のお問い合わせ以外にも,医療連携施設からの紹介も頂いており,当院の医療連携室を経由することで密な情報共有をした上で治療にあたっております。治療後,口腔内装置を作製・装着後の再検査を当院内科で行うなど院内における連携も強化しております。
同窓の先生方におかれましては,スポーツ歯科,睡眠時無呼吸症候群に関するお困りの症例などございましたらご相談くださいますようお願い申し上げます。
武田友孝(スポーツ歯学研究室教授)・中島一憲(スポーツ歯学研究室准教授)