平成28年7月31日(日),愛知県歯科医師会館において東京歯科大学愛知県同窓会学術講演会が開催された。今回はインプラント治療のトップリーダーとして活躍中であり,現在東京歯科大学インプラント科臨床教授で東京都開業の武田孝之先生をお招きした。演題はこれからの高齢社会を見据えた「患者本位のインプラント治療」と題したご講演をいただいた。先生は東京歯科大学を昭和55年卒業され,臨床の傍らインプラントに関する著書も多数出されている。
インプラント治療が日本の歯科の臨床に取り入れられてきた経緯について,先生ご自身,スペースシャトルコロンビアが打ち上がった時代,1978年に最初にインプラントに出会われたが,その後,日本経済の右肩上がりの成長に伴い,インプラント治療も広く臨床応用されるようになり,すでに30年を経過していると振り返られた。
1980年代には骨結合を如何に確実に獲得するか,言い換えればインプラントの表面構造が話題の中心であったが,1990年代に入ると審美性の獲得と適応症の拡大に伴う骨増生に衆目が移り,その話題は尽きることなく現在まで至っている。しかし,歯科医師の目指すインプラント治療のために患者さんに負担の大きな術式を選択することが当たり前のようになり,結果としてインプラント周囲炎による再治療や新たな欠損が生じる場合がある。とくに高齢者で基礎疾患を有する患者さんでは新たなインプラント治療に対し躊躇するケースも増えている。
歯科治療,特に補綴治療は「治す」ことはできず,人工物を用いて「直す」ことしかできない。それゆえ,安全性を担保した上で患者負担の少ない効果的な治療を目指すべきであり,高齢者に対しては「健康長寿の延伸」という考え方のもとにインプラント治療を提供する姿勢が重要である。
インプラント治療が本格的に日本の歯科臨床に取り入れられて30年が経過したが,その中で変わるものと変わらないものがある。変わらない原則はインプラントは異物(非自己)であって,開放創である。異物は生態に排除され,開放創は感染するということである。また,30年経ち変わってきたものは,年齢に応じたインプラントの活用方法,健康寿命の延伸へと変わってきている。
治療の際に,どうやって直すかよりも,まずは患者さんの主訴を受け止め,個々として生き生きと生きて,周りの人と幸せに過ごすために何が必要かを考える必要がある。今,医療は治療の技術を高めることだけを目指すのではなく,人ひとりひとりにあった心の通った患者本位の治療が必要とされていると講演を結ばれた。大変感銘を受けた講演会であった。
(平成9年卒・井上 敬介 記)