With coronaを生き抜くために 歯科医療には大きな役割があります[奥田克爾先生(昭和43年卒)・同窓会報第422号より]

 6月号(420号)において本誌に新型コロナウイルス感染症に関する,奥田名誉会員の「困難な時こそ立ち向かえ!」をご投稿いただいたところ,情報が錯綜し暗中模索の中,診療において大いなる指針となったと多くの同窓から感謝の言葉をいただきました。そこで,まだまだ社会が戻ったとは言えない状況ですが,ご要望にお応えして,現状や今後の展望分析など含めて奥田先生にご執筆を依頼させていただきました。全国それぞれお立場や状況に違いがあるにせよ,一つの方向性としてご一読いただければ幸いです。


With coronaを生き抜くために
歯科医療には大きな役割があります

2020年11月21日更新 名誉会員 奥田 克爾(昭和43年卒)

 6月号に「新型コロナウイルスのパンデミックからオーラルヘルスを考える」を掲載していただきました。野口英世先生の「困難な時こそ立ち向かえ」,「高雅學風徹千古」を使わせてもらって,会員から歯科医療に取り組む元気が出たとの礼状を受けました。歯科治療前に新型コロナウイルス感染予防のために,患者にポビドンヨード液でのガラガラ嗽を求めることも書きました。その後,大阪府から論文にもなっていないにも拘わらず「ポビドンヨード液が新型コロナウイルスの治療に有効」という記者会見がありました。その内容に質問を受け,歯科治療での感染リスクを下げるためのポビドンヨード液での嗽であることを説明させてもらいました。また,ポビドンヨード液には口腔粘膜にも毒性があり嗽後の水での洗口が必要であることなどメールで応えてきました。

 日本大学歯学部の今井健一先生と日本歯科大学の小林隆太郎先生は,『歯界展望』7月号の「新型コロナウイルスのBiology」の中で多くの情報を解析され,歯科医療の重要性など解説をされておられます。日本歯科医師会は,8月に「新たな感染症を踏まえた歯科診療ガイドライン」を発信して,臨床現場での感染予防の実践などを発表しました。
 私たちは,歯周病原性キーストーン細菌とされているポルフィロモナス・ジンジバリス(Porphyromonasgingivalis)の感染予防ワクチンについて,内外の多くの研究者と長年取り組んできました。ワクチンに関する学びの歩みの経験を踏まえて,新型コロナウイルス感染予防のワクチンをめぐる研究開発状況などについて,本号にも投稿させてもらいました。

新型コロナにインフルエンザが追い撃ちをかけるのか?

 紀元前412年医聖ヒポクラテスは,インフルエンザ流行の影響力が大きいことから「星の影響」を語源としたflu と発表していました。日本でも平安時代からインフルエンザの記載があり,江戸時代には世相を反映して「流行り風邪」などと言われていました。
 第一次世界大戦中の1918年にヨーロッパに持ち込まれたインフルエンザは,スペイン王室の感染拡大が大きく報道されたことからスペインインフルエンザ(H1N1型)と呼ばれました。スペインインフルエンザは,第2波,第3波と続いて世界の50%の人が感染し,25%が罹患して約5,000万人の死者を出しました。日本でも第1波で都市部を中心に約25万人,そして第2波は死亡率を4倍にも高めて地方に拡大して約15万人の命が奪われ,4年後にスペインインフルエンザの大きな流行が終息しました。

 2009年には,メキシコから始まったブタ由来のA型インフルエンザのパンデミックが発生し,世界中で30万人から50万人の死亡者を出しました。A型のインフルエンザは,標的細胞への吸着侵入に働くhemagglutinin(HA 抗原,HA突起)と細胞感染拡大因子のneuraminidase(NA 抗原,NA突起)を変異させます。抗原不連続変異は,HA 抗原やNA 抗原が大きく変化するものです。抗原連続変異は小さな変異を繰り返すものです。
 現在,世界に蔓延しているのは,A型の季節型インフルエンザのソ連型(H1N1型),香港型(H3N2型)とB型インフルエンザです。季節型インフルエンザは,世界中で毎年25万人から50万人の命を奪っているとWHO が推定しています。B型インフルエンザは変異はしません。我が国では,この3種類の型を一緒にした感染予防ワクチンの接種がなされています。しかし,感染予防ワクチンは変異したA型の季節型インフルエンザに有効でないこともあります。
 2003年のA型トリインフルエンザウイルス(H5N1型)や2013年のA型トリインフルエンザ(H7N9型)などは,高病原性インフルエンザウイルスです。高病原性インフルエンザウイルスは,上気道粘膜だけでなく気管支や肺さらには肝臓などに瞬く間に侵入します。そのため,ウイルス感染のある臓器では,ウイルス寄生細胞を死滅させてウイルス増殖を抑えようとIL-1,IL-6,TNF- αなどの炎症性サイトカインが大量に放出されるため,サイトカインストーム(免疫暴走)が起きてしまいます。サイトカインがウイルス寄生細胞を死滅させるだけでなく,周囲の細胞も攻撃するため,臓器不全に陥ってしまい,A型の高病原性インフルエンザウイルス感染者の死亡率は,50%を越えていました。現在までのところ高病原性インフルエンザウイルスはニワトリからヒトへの感染だけです。A 型の高病原性トリインフルエンザウイルスが変異してヒトからヒトに感染するようになると,人類が経験したことのないパンデミックとなる可能性は否定できません。
 インフルエンザ治療薬には,寄生細胞で複製して放出されるのを阻止するノイラミニダーゼ阻害薬と我が国で開発されたRNA 複製阻害薬があります。ノイラミニダーゼ阻害薬は,感染初期に経口薬のオセルタミビル,吸入薬のザナビルとラニナビル,注射薬のペラミビルが使われています。

新型コロナ治療薬の開発に期待出来るか

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)の治療薬として,今まで各国で抗ウイルス薬,抗原虫薬,サイトカインストームを抑えるためのステロイド剤などが投与されています。
 大村 智先生の発見された抗寄生虫薬イベルメクチン,抗インフルエンザ薬アビガン,抗エボラ出血熱薬レムデシベル,抗マラリヤ薬ヒドロキシクロロキンとアジスロマイシンの組み合わせなどが使われ,その治療成績について連日発表されています。

 新型コロナウイルスの吸着,侵入,複製,放出までのどのステップを抑え込めるか世界中の科学者は治療薬の開発に叡知を結集していますが,画期的な治療薬は10月現在見当たらないようです。

新型コロナウイルスのワクチン開発

 ジェンナーの天然痘予防ワクチンによって長い間苦しめられてきた天然痘から解放され,感染予防ワクチンは「予防に勝る治療法はなし」の源泉になっています。予防ワクチンのお陰でポリオ,麻疹,急性耳下腺炎,風疹,B型肝炎などウイルス感染症を制御出来るようになっています。しかしながら,HIV感染予防ワクチン開発に至っていません。また,インフルエンザ感染予防ワクチンは,前述したように頻繁に変異を繰り返すウイルスに無効なことさえあります。
 新型コロナウイルス感染後にウイルスが消滅して回復しても,変異したウイルスに再感染のあることや,再感染は軽い症状で済むことなども世界各地から報告されています。これらの報告は,新型コロナウイルス感染予防のワクチンの難しさを示唆するだけでなく,安全で有効な新型ワクチン開発を後押しする情報であると思っています。

ワクチンの臨床研究の取るべきプロセス

 10月現在,200を超える感染予防ワクチン候補のうち44種類が臨床試験に入っています。実用化に向けてはワクチンがパスしなければならない治験があります。第I 相試験では,10人程度の健康な成人を対象として,ワクチンの安全性と体内の動きを調べます。第II 相試験では,100人程度を対象に血中抗体価の有効性安全性について調べます。第Ⅲ相試験では,1,000人程度を対象に有効性と安全性について調べます。第Ⅲ相試験を行っているワクチンは,アメリカの4社,中国の3社,イギリス,ロシア,ドイツの1社です。治験でパスしても完全に避けることができないのは,ワクチンの副反応です。
 増殖させたウイルスの感染性を無くした不活化ワクチンは,抗体産生を誘導することが出来ますが,ウイルス寄生細胞を攻撃して死滅させる細胞傷害性T細胞などの細胞性免疫は,誘導することが出来ません。
新型コロナウイルスのスパイクS 蛋白は標的細胞吸着因子です。スパイクS蛋白成分やその合成ペプチド,組替えDNA技術で合成した蛋白などをワクチン抗原とした研究も進んでいます。これらは,主としてウイルスの標的細胞への吸着を抑える抗体産生をもたらすワクチンです。
 DNAワクチンは,新型コロナウイルスのスパイクS蛋白遺伝子などを小型の環状で自己増殖能のあるプラスミドDNAに組み込んで発現させるものです。
 病原性の低いウイルスをベクターとするワクチンは,RNA遺伝情報をアデノウイルスなど病原性の弱いウイルスに組み込んだウイルスベクターワクチンなどの新型ワクチンは,抗体産生だけでなく細胞性免疫も誘導するものです。

受身免疫

 新生児は胎盤を介して母親から受身免疫(受動免疫)として感染予防IgG 抗体を受け継ぎ,産まれて間もない期間は感染しにくくなっています。新型コロナウイルスに感染して回復したヒトの血清を感染者に注射する受身免疫は,すでに実施している国もあります。
 動物に新型コロナウイルスを接種して産生される抗体を感染者に注射することも受動免疫です。戦時中には,破傷風感染が疑われた際に使われていました。
 新型コロナウイルスに対するモノクローナル抗体を受身免疫に使う研究もあります。感染して回復したヒトの抗新型コロナウイルス抗体を産生する形質細胞と増殖を続けるミエローマ細胞のハイブリドーマ細胞に抗体を作らせるものです。既に,モノクローナル抗体の受身免疫には感染予防効果があったとの報告もあります。

集団免疫で乗り越える

 人類が今までさまざまな病原体に襲われながら,生き残ってきたのは感染して免疫を獲得することが出来たお陰です。多くが感染して免疫を持てば,その感染症に罹患しないし,感染しても軽症で済むとするのが集団免疫です。
 私がスウェーデン国費留学生としてカロリンスカ大学で勉学していた時の学生で昨年8月までコペンハーゲン大学の歯学部長をしていたS.Twetman 教授から,スウェーデンの集団免疫の情報を送ってもらいました。スウェーデンの集団免疫の取り組みは,多くが感染して免疫を獲得するまで待つという大胆なものです。新型コロナウイルス感染予防のために,規制はほとんどなされていませんでした。しかし,新型コロナウイルス感染死者が6,000人を超えて,高齢者の外出自粛を厳しくすると修正されています。ヨーロッパ諸国が第2波,第3波による感染拡大が続く中で,スウェーデンに今後感染拡大がなければ,集団免疫戦略が評価されるでしょう。

終息への期待を高める感染予防ワクチンの最新情報

 同窓会報への原稿を送付してから2週間ほどの間に新型コロナウイルス感染予防ワクチン開発に期待を膨らませる情報が次々に入ってきています。広報委員の寛大なご配慮で校正時に下記の内容を追加させて頂きました。
 新型コロナウイルスに感染して回復したグループにおける血清中のSARS-CoV-2に対する抗体は,感染防御に働かないとの報告に対して,中和抗体としての作用があるとの論文が次々と出ています。感染してSARS-CoV-2の細胞への吸着・侵入因子であるスパイクS蛋白質に対する抗体は,感染を予防する中和抗体として働くというものです。このような知見は,ワクチン開発を後押しする情報であるだけでなく,集団免疫戦略にも朗報になるものと思っています。
 論文発表ではありませんが,11月に入りファイザー社の新型コロナウイルス感染予防mRNAワクチンの情報が飛び込んできました。記者会見で発表された内容をもとに想像しながら図にしてみました。SARS-CoV-2のスパイクS蛋白質のmRNAを免疫する方法と思っています。約44,000人を無作為に分けて半分はmRNA ワクチン接種グループ,半分はプラセボ接種グループとしてフォローアップした治験です。ランダム化比較試験(RCT 研究)は,臨床研究では高く評価されるものです。ワクチンおよびプラセボ接種後に94名がSARS-CoV-2に感染し,mRNAワクチン接種グループが10%であったのに対し,90%がプラセボ接種グループであったことが発表されました。(第2回目の発表ではワクチン接種グループの感染者が8人であったのに対し,プラセボ接種グループの感染者は162人でした。)また,ワクチン接種グループには重症者はいないと発表されました。コロナウイルスはプラス鎖のRNA を1本だけ持っていて,それがそのままmRNA となってリボソームに結びついて蛋白質を作ります。mRNA は極めて変化が早いため,マイナス70℃以下でないと保存ができません。従って,接種まで厳密な温度管理や速やかな接種が必要です。
 次いで11月16日米国モデルナ社は,米国NIH の研究者と共同で開発したワクチン効果について約30,000人を対象にした治験を発表しました。治験者のフォローアップで,SARS-CoV-2に感染した95人中90人がプラセボ接種グループであったのに対し,ワクチン接種グループはわずか5名で重症者はいなかったと発表しました。スパイクS蛋白質のmRNAを二重の脂質膜リポームに包む込むことによってmRNA の変化を極力少なくするようにした新型ワクチンのようです。

 現在ヨーロッパ諸国で感染拡大を続けている新型コロナウイルスは,武漢で発生したスパイクS蛋白質の614番目のアミノ酸がアスパラギン酸からグリシンに変異したD614G 型であり,感染力が高まったとの内外の研究があります。新型コロナウイルスは,HIVやインフルエンザウイルスに比較して変異する確率は低いと言えますが,ゼロではありません。上述のワクチンなどは,変異するSARS-CoV-2にも有効であって欲しいと願っています。

自然免疫を低下させないことが肝腎です

 国内の開発中の新型コロナウイルス感染予防ワクチンを含めて,私たちに接種できるようになるまでに乗り越えるべき課題は少なくないものの,COVID-19終息への道筋であると確信しています。新型コロナウイルスやインフルエンザウイルス感染だけでなく新しい病原体に対しても最前線で闘うのが自然免疫です。自然免疫を低下させない歯科医療と口腔ケアの重要性を認識しながら立ち向かわなければなりません。

 生まれた時から備わっている自然免疫は,侵入病原体を瞬く間に見つけて貪食して死滅させるマクロファージなどの貪食細胞やサイトカインを放出して感染細胞を死滅させるナチュラルキラー細胞(NK細胞)などです。NK細胞がウイルス寄生細胞を死滅させれば,生きた細胞でしか生存できないウイルスは消滅します。体液性の自然免疫は,血液や唾液の補体,リゾチウム,デフェンシン,ラクトフェリンなどです。新しい病原体に立ち向かうのは自然免疫です。また,自然免疫はワクチン接種による獲得免疫への橋渡しをしてくれてもいます。

口腔・咽頭細菌はウイルス感染に加担する

 同窓会報6月号(420号)では,歯科疾患がある場合にはインフルエンザに罹患しやすいこと,要介護高齢者に口腔清掃を中心とした口腔ケアはインフルエンザを予防することについても書いてきました。インフルエンザ感染に口腔・咽頭細菌が混合感染すると肺炎を発症させ,死亡率が極めて高くなることが明らかにされてきました。新型コロナウイルス感染でも同様なことが起きると指摘され,細菌を減らす目的でアジスロマイシン(商品名ジスロマック)などの抗菌薬を投与する意義のあることが示されています。
 腸内の善玉菌は,NK細胞の機能を活性化させることが知られています。一方,抗菌薬の中長期の内服は,腸内マイクロバイオーム(以前は腸内細菌フローラとされていました)の善玉菌を減少させて悪玉菌が優勢になるディスバイオーシス(腸内毒素症)を起こし,自然免疫を低下させてしまいます。WHO だけでなく我が国の感染症対策閣僚会議は,抗菌薬の濫用が耐性菌を生むだけでなく,ディスバイオーシスによって自然免疫機能の低下をもたらすとして警鐘をならしています。デンタルインプラント治療や歯周治療での抗菌薬使用には,ディスバイオーシスにさせないことが求められています。

矜持を持って歯科治療・口腔ケアに取り組む

 国内では,感染して無症状や軽症で免疫を獲得する若い人達が増えています。無症状感染者からの高齢者など易感染性宿主への感染は防がなくてはなりません。そのために,多くの人達が感染の有無を調べる必要性が今まで以上にあります。歯科医院に来院する患者に対しても,歯科医師が唾液の採取でのPCRや血液での抗原検査ができるようにして欲しいと願っています。
 新型コロナウイルスとは,長いスパンで対峙しなければならないでしょう。感染予防ワクチンの実用化までに乗り越えなければならない研究課題が山積し,実施まで時間もかかるでしょう。With corona を生き抜くために,歯科医療と口腔ケアで維持されるオーラルヘルスこそ自然免疫を低下させない役割を持つことを認識して取り組まなければなりません。

*本文は,私が2020年8月に医歯薬出版から発行した『デンタルプラークのすべて』の内容が随所にあることを付記しておきます。