卒業アルバムから見た母校の変遷 -現在との比較- その1(同窓会報第400号より)

広報部委員 渡邊 宇一

 同窓会創立120周年記念事業を前に,同窓会ではこれまでの道程,特に黎明期の歴史について調査と検証を進めている。その中で,目新しい事実がいくつか浮かび上がり,視察を行った。その一部を紹介する。

三崎町


上写真:大正4(1915)年(東四会)より

 東京歯科医学専門学校時代の白亜の校舎が画面中央に見える。
 背景に見える煙突群は陸軍の東京砲兵工廠で,現在の東京ドームシティ付近。その手前を走るのは甲武鉄道から国有化された中央本線で,水道橋駅は明治39(1906)年に開業した。当時の起点は日露戦争の英雄,広瀬中佐,杉野兵曹長の銅像が建つ萬世橋駅で,東京駅には繋がっていなかった。折しも単行の電車が水道橋駅に到着しようとしている。

 白山通りを走るのは東京市電6系統で,巣鴨からきて三崎町や本郷方面を循環していた。
 写真はかなり高い位置から撮影されているが,日本大学商科(現経済学部)の校舎を足場にしているのであろうか。戦勝ムードも一段落し,大正時代の落ち着いた雰囲気が伝わる。

左写真:現在は上写真の画面左下,二階建てのしもた屋風建物付近に新館が,画面中央に本館が建つ。


水道橋校舎

写真:明治44(1911)年より

 明治23(1890)年,芝伊皿子に産声を上げた高山歯科医学院は東京歯科医学院と名を改め,明治34(1901)年,水道橋に新天地を求め移転。明治39(1906)年,現在地に新校舎を完成させた。
 写真は翌明治40(1907)年,東京歯科医学専門学校に名称変更されてからのものであるが,後年見られる校舎前の植樹がされていないことから専門学校昇格後間もなくの撮影と思われる。左側に見えるモダンなとんがり屋根の部分は隣接する血脇歯科診療所。学校の正面玄関は画面右側で,何かの式典の折に撮影したのであろうか日の丸が掲出されている。現在のJR中央快速線の高架下付近。
 白山通りはまだ舗装されていないようで,手前を横切る市電の線路部分だけが敷石のように見える。

写真:昭和36(1961)年(久喜会)より

 昭和4年に落成したオランダ風タイル張りの校舎。
 画面左側には数年前に完成した大学院新館が見える。
 上写真と同一アングルだが,中央快速線の高架が視界の妨げになるため,本校舎のこのアングルでの撮影は珍しい。後年歩道橋やガードレールが設置され,撮影はますます困難を極めるようになった。

上写真:現在は建物も高く大きくなったため,同一アングルで本館,新館を含めた全景を撮影するには,ポイントをかなり後退させねばならず,上写真は水道橋交差点を渡った地点で撮影した。

右写真:前ページと同一地点,同一アングル。


上空から見た水道橋界隈

写真:昭和7(1932)年(三辰会)より

 校舎が真新しく見えることと,昭和7(1932)年に増設される中央急行線(快速線)の準備とおぼしき様子が見られることから,新校舎落成直後,昭和4~5年頃の撮影と思われる。
 震災後間もないためか校舎周囲には平屋が多く,そのため校舎裏の不思議な六叉路の様子がよくわかる。水道橋交差点では折しも市電が行き交い,神田川には小舟が浮かび,のどかな雰囲気を感じさせる。

写真:昭和33(1958)年(六喜会)より

 この年,校舎神保町寄りに大学院新館が完成した。高度成長時代の幕開けにふさわしく,大学周囲も高いビルが目立つようになった。またこの年は,読売ジャイアンツの長嶋茂雄が新人デビュー。後楽園球場に新しいスターが誕生した。


優れたイラストレーターが描いた水道橋界隈

 ここでは絵心のある大先輩たちが描いた水道橋マップをご覧いただこう。
 思い出の懐かしいお店が見つかることを祈る次第。

写真:昭和15(1940)年(仁蜂会)より

写真:昭和47(1972)年(七十七期会)より


さいかち坂

左上写真:昭和15(1940)年(仁蜂会)より

 お茶の水の高台から水道橋へおりるさいかち坂は,ちょうどこの付近で中央線と同じレベルになる。
 街は紀元二千六百年祝賀ムードで盛り上がってはいたが,日本はこのあと戦時体制へと進んで行く。開戦前年のさいかち坂でのスナップ。
 学生さんたちはそろって詰め襟の制服で,制帽にはTDC の徽章が輝く。画面左奥に水道橋校舎が見える。
 70余年後,ここに新しい校舎が建つことなど,当時想像すらし得なかったであろう。
 学生さんがもたれている手すりは,古レールを切断し,縦に突き刺して造ったもののようだ。
 ちなみに明治期にアメリカ,イギリス,ドイツから機関車とともに輸入されたレールは,使用後に駅の上屋の鉄骨支柱などに廃物利用された。今もJR 水道橋駅の屋根を支える古レールはその代表的なもので,その由来と造形美で特に有名である(同窓会報399号参照)。

 右上写真:現在さいかち坂には名の謂われの書かれた案内標が建つ(画面左下)。
 左下写真:さいかち坂校舎は上写真の左後方に建つ。

次号へ続く。



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