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憧れの北岳バットレス ー大人の山岳部ー/笠原 正貴(平成7年卒)(同窓会報443号より)

憧れの北岳バットレス ー大人の山岳部ー/笠原正貴(平成7年卒)(同窓会報443号より)

 平成7年卒(百期会)の笠原正貴(東京歯科大学薬理学講座)です。同じく百期会の古谷義隆君(口腔インプラント学講座)と結成した「大人の山岳部」(同窓会会報第421号(2020年10月))の山行も,すでに100回を超えました。今回は,2025年9月に登攀した「北岳バットレス第4尾根主稜」をご紹介します。


 2025年度の「大人の山岳部・夏山合宿」は,日本第2の高峰である北岳(3,193m)が擁するバットレス登攀でした。「バットレス」は壁面を支える「控壁」を意味する建築用語ですが,そのネーミングの通り,第1から第5までの直線的な岩稜が大樺沢から立ち上がり,北岳の頂きを支えています。「北岳バットレス」はこの岩場の特徴を端的に表し語感も良く,実にカッコ良いネーミングです。特に第4尾根主稜は北岳バットレスのほぼ中央に位置し,大樺沢から頂上にかけて真っ直ぐに突き上げる,豪快かつ爽快なルートです。標高差600mの長大な岩稜は,まさに北岳バットレスのメインストリートです。クライミング技術的にはそれほど難しくないことからも,常に多くのアルパインクライマーを迎え入れています。

百期会(平成7年卒・100期)/クラス会開催

百期会(平成7年卒・100期)/クラス会開催

 令和6年5月12日(日)ホテルエドモント2階「万里」で百期会が開催されました。我々の卒業年度は,高山歯科医学院から数え丁度100回目にあたる学年です。平成7年に大学を卒業して早29年の年月が経ちました。今回はコロナ禍が明け4年ぶりの百期会を開催する運びとなり,51人の多数の方々が参加し,南は佐賀県から北は山形県から同期が集まりました。

百期会(平成7年卒・100期)/クラス会開催

百期会(平成7年卒・100期)/クラス会開催

 令和6年5月12日(日)ホテルエドモント2階「万里」で百期会が開催されました。我々の卒業年度は,高山歯科医学院から数え丁度100回目にあたる学年です。平成7年に大学を卒業して早29年の年月が経ちました。今回はコロナ禍が明け4年ぶりの百期会を開催する運びとなり,51人の多数の方々が参加し,南は佐賀県から北は山形県から同期が集まりました。

大人の山岳部/笠原 正貴(平成7年卒)

大人の山岳部/笠原 正貴(平成7年卒)

 私は学生時代,山岳部に所属しておりました。私の郷里が信州松本であることもあり,山への憧れが山岳部の門を叩かせたわけですが,そこは垂直の世界。ヘルメットをかぶり,互いをザイルで結び合い,岩と雪を攀じる世界でありました。毎回の山行は恐ろしいの一言に尽き,卒業と同時にその恐怖から解放され,うれしかったことを覚えています(笑)。その証拠に,恐怖から逃れた私はその後十数年間,山に行くことはありませんでした。一方の古谷君,学生時代は帰宅部でした。

百期会(平成7年卒)/櫻井 薫名誉教授就任祝賀会

百期会(平成7年卒)/櫻井 薫名誉教授就任祝賀会

 令和2年2月9日(日),同期百期会による「櫻井 薫名誉教授就任祝賀会」が帝国ホテル「舞の間」にて開催されました。我々の期は平成7年に卒業した学年で,大学を出て20年以上の月日が経ちます。我々が学生の時の副主任である櫻井 薫先生が名誉教授に就任されましたので,祝賀会を開催する運びとなりました。ここ近年は,同期で3名の教授が就任され同期による祝賀会を開催してましたが,今回は我々の恩師であり,学生時代大変お世話になった櫻井 薫先生へ是非お礼をしたいということで祝賀会を開催することとなりました。

百期会(平成7年卒)/澁川義幸教授就任祝い

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 平成31年3月17日(日),まさに平成が終わる直前に,同期百期会による「澁川義幸教授就任祝い」が飯田橋ホテルメトロポリタンエドモントにて開催されました。我々の期は昭和が終わり,元号が平成に変わった平成元年4月に千葉校舎に入学して,平成7年に卒業した学年です。さらに高山歯科医学院から数え,ちょうど節目の百期ということで百期会という名前が付けられました。

百期会(平成7年卒)/総会・懇親会開催

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 母校である東京歯科大学が水道橋に再帰した平成25年度の終わり,3月21日に東京歯科大学水道橋校舎本館で百期会総会を開きました。その後東京ドームホテルに場所を変え懇親会を行いました。総勢65名の参加で大変盛況な会となりました。私たちは卒業して早や18年経ちますが,実は全くの幹事の怠慢でありまして,今回が卒業後2回目の開催であります。