大人の山岳部/笠原 正貴(平成7年卒)

 平成7年卒(百期会),東京歯科大学薬理学講座の笠原正貴です。このたびは,同級生で山の相棒・古谷義隆君(口腔インプラント学講座)との登山の記事を書く機会を頂きましたので,簡単ではありますが紹介をさせていただきます。


 私は学生時代,山岳部に所属しておりました。私の郷里が信州松本であることもあり,山への憧れが山岳部の門を叩かせたわけですが,そこは垂直の世界。ヘルメットをかぶり,互いをザイルで結び合い,岩と雪を攀じる世界でありました。毎回の山行は恐ろしいの一言に尽き,卒業と同時にその恐怖から解放され,うれしかったことを覚えています(笑)。その証拠に,恐怖から逃れた私はその後十数年間,山に行くことはありませんでした。一方の古谷君,学生時代は帰宅部でした。10年間在籍した口腔外科学第一講座から口腔インプラント学講座に移籍をした際に,自転車通勤を思い立ち自転車にはまりました。自転車イベントの富士山ヒルクライム参加を計画するも出場せず,代わりに富士山頂まで登り,登山にはまってしまったそうです。さらには普通の登山に飽き足らず,山岳ガイドのもとに,雪山,ロッククライミングをこなしてきました。一方の私も,ひょんなことから山を再開していて,どうせなら山岳部時代に行ってきた登山をしたいと思っていました。かくして古谷君と私は,ザイルパートナーを組むことになったのです。

 私たちがやりたい山は,クライミング技術をベースとして,より困難なルートを登るアルパインスタイルの山です。この困難なルートのことをバリエーションルート(和製英語)といい,岩壁,岩稜,沢,雪稜,氷瀑,冬壁などがバリエーションの世界です。今,ゆっくりではありますが,少しずつレベルを上げています。私個人としても,山岳部時代のレベルに戻すことが当面の目標です。もっとも,かつての山岳部は非常にレベルが高く,錚々たるクライマーがおりました。本学で言うと,野間弘康名誉教授(口腔外科,昭和37年卒),柴原孝彦名誉教授(口腔顎顔面外科,昭和54年卒),一戸達也副学長(歯科麻酔,昭和56年卒), そして親戚でもある笠原清弘先生(口腔病態外科,平成3年卒)などです。山岳部の先人たちは,穂高の岩場に「東京歯科大ルート」を切り拓いたり海外遠征をしたりと,すごい人たちの集まりでした。それに比べると私などは吹けば飛ぶようなレベルでありまして(笑)。とはいえ,どこまでレベルアップできるかわかりませんが,自分なりに古谷君とともに, 安全に頑張っていきたいと思っています。

 「なぜ山に登るのか?」それに対するエベレスト初登頂を目指したイギリス人登山家ジョージ・マロリーの言葉,「そこに山があるから」はとても有名です。一説によると,マロリーが記者からの質問に面倒くさくなり適当に答えたのだとか(笑)。山に行く理由は人それぞれでしょうけども,私の理由は,理屈抜きに心地良いからです。苔むす神秘的な原生林,生命の息吹を感じる新緑,燃えるような紅葉,厳しさゆえの美しい白銀の世界,街の喧騒に晒された私たちを,四季折々の山々が迎えてくれます。登り始めはたしかに苦しいのですが,20分も登り続けていると,次第に呼吸が落ち着いてきます。そうなると心が静まり,自分自身との対話モードとなります。登山とは自分と向き合う行為だと考えています。目標を成し遂げた時,そよぐ風の中で至福のひとときを味わうことができるでしょう。そしてバリエーションの世界は,さらに山に登る意味を深めてくれます。垂直の岩や急峻な雪稜の登攀は命の危険を感じますから,危地を脱するために最大限の努力をします。そのために全身の細胞が覚醒し,協働するのを感じます。先人に比べるとレベルの低い私が言うのもおこがましいのですが,山というところは,「生きるために最大限の努力をする場所」だと考えています。弱い心に打ち克ち, 困難を克服することで,心身ともにリセットし,明日への活力を得ることができます。そのために必要なのがザイルパートナーの古谷君なのです。

 古谷君とはこれまでに50回以上, いろんな山に登ってきました。互いをザイルで結び,岩に指をかけ,氷雪にバイルを打ち込んできました。ザイルは一方が墜落した時の確保のためのもので,確実なプロテクションを構築することで,はじめて困難に挑むことができます。ですから,ザイルは信頼の絆と言えます。古谷君との山行でいつも面白いなぁと思うのは,山へのアプローチの車内で,最初少しだけ話をしたあとは, ほとんどしゃべらないということです(笑)。山の中でも必要なこと以外は話をしません。もともと古谷君は寡黙な男ですけども,私の方も彼に気を遣って話をすることがない。それは私が,古谷君を信頼していることの証しではないかと思っています。もっとも,古谷君が私を信頼しているかどうかはわかりませんので,今度聞いてみようと思います(笑)。
 表題の「大人の山岳部」,現在の部員は2名にとどまっていますが(笑),今後も途切れることなく挑戦を続けていきます。そうそう,定年退職による柴原山岳部部長の勇退に伴い,今年度から山岳部部長となりましたので,「子供の山岳部」,もとい(笑),「若者の山岳部」の方も盛り立てていきたいと思っています。最後まで読んでくださり,ありがとうございました。