横浜鶴見支部/鶴見東歯会 お祝い会員旅行
10月7日(日)体育の日の連休を使って7名参加のもと熱海へお祝い会員旅行に出掛けた。本年めでたく古希を迎えられた佐藤秀夫会長と還暦を迎えられた吉田礎久先生と本田 剛先生お三方をお祝いする数年ぶりの会員旅行である。
10月7日(日)体育の日の連休を使って7名参加のもと熱海へお祝い会員旅行に出掛けた。本年めでたく古希を迎えられた佐藤秀夫会長と還暦を迎えられた吉田礎久先生と本田 剛先生お三方をお祝いする数年ぶりの会員旅行である。
平成30年度の十期会総会は,総計24名の参加を得て,去る10月4日(木)東京湾オーシャンビュークルージングとして開催された。
午後2時学び舎水道橋病院正門前集合の予定に,午後1時30分には待ち侘びた学友達が集い始め,金山幹事代表のサプライズの企画の通り,待機していた大学事務局の田口様のご案内で新装の西棟に案内され,井出理事長・学長から歓迎のご挨拶を頂き,水道橋への移転の話や大学の近況報告を伺い,近代化された本館の血脇記念ホールや図書館等ご案内を頂き,記念品まで頂戴し,バスで日の出桟橋へと移動。
南国土佐へようこそ「明治150年記念 第38回全国豊かな海づくり大会〜高知家大会〜」に合わせて27日に来高された天皇・皇后両陛下と時を同じくした我々福祉会第49回クラス会,1日早く27日に高知入りした数人は,高知龍馬空港から直接香美市大平に本年4月に開校した県立林業大学校(初代校長,隈 研吾)の訪問に向かわれる両陛下の行幸に遭遇,地元の人達と共に拝顔する事が出来ました。
昨年の10月に開催された「髙野教授の退官を祝う会」の会場で,卒業して直ぐに熱海で同窓会をして以来,東京での開催ばかりで地方で開いたことがないとの話を聞き,それならばと,台風シーズンも終わる10月7日,8日に高知県で開催することを引き受けました。皆に案内を出した所,参加者が極端に少なく,また台風25号が接近中で開催が危ぶまれましたが,台風一過何とか開催にこぎ着け,開催日ギリギリの申し込みもあり,15名が参加して行われました。
10月13,14日,八実会創立40周年を静岡市日本平(Nipponndaira)ホテルにおいて藥師寺先生をお迎えし,家族,同伴を含め40名を超す会員が集まり昔の思い出話に花を咲かせました。出席予定者は,始め50人を超していましたがこの歳になると親の事,子供の事,孫や自分の体調など,稲野君においては二度の台風で家が被害に遭われ,この人数になりましたが,遠くはアメリカより山口君が奥様,下のお嬢様と参加されました。
「同窓会員からの写真投稿ギャラリー」を更新しました。
「紅葉の古都」
日時:平成30年12月2・3日撮影
場所:京都市内 (1)下鴨神社境内 (2)醍醐寺三宝院庭園 (3)三宝院弁天池
昭和39年卒 長野県中信支部 片倉 恵男先生 撮影
(2018年12月9日〜)
コメント:
(1)夕陽に映える鳥居と紅葉が鮮烈であった
(2)一面緑の中に点在する紅葉が印象的であった
(3)紅葉とお堂が小雨の水面に映えていた
「同窓会員からの写真投稿ギャラリー」を更新しました。
「秋の旧古河庭園」
日時:平成30年11月23日撮影
場所:東京都北区西ケ原
昭和60年卒 横浜中央支部 皆川 雅彦先生 撮影
(2018年11月29日〜)
コメント:
東京も紅葉がはじまりました。
都立旧古河庭園の日本庭園では紅葉が、洋館前の西洋庭園では秋バラが楽しめます。
「同窓会員からの写真投稿ギャラリー」を更新しました。
「天龍寺庭園」
日時:平成30年11月1日撮影
場所:京都市左京区嵯峨天竜寺芒ノ馬場町
昭和60年卒 横浜中央支部 皆川 雅彦先生 撮影
(2018年11月4日〜)
コメント:
京都の嵯峨でも紅葉が始まり多くの観光客で賑わっていました。
天龍寺は臨済宗天龍寺派大本山ですが正しくは霊亀山天龍資聖禅寺とのことです。
この曹源池庭園は夢窓国師によるものだそうです。
新潟県長岡市を紹介させて頂きます。
長岡市は新潟県のほぼ中央に位置し県下第2位の人口を擁する市です。市役所は長岡駅前に所在し,設計者は東京オリンピックの新国立競技場の設計者である隈 研吾氏です。近年ではプロバスケットリーグの新潟アルビレックスBBの本拠地となっています。
古くは江戸時代に長岡藩として栄え,戊辰戦争に敗れた後は「米百俵」で知られる河井継之助,小林虎三郎ら,第二次世界大戦では連合艦隊司令長官の山本五十六を輩出した地域です。
昭和54年卒(弥生会)千葉県支部の鳩貝尚志です。今年は異常気象が続き夏の暑さが非常に厳しかったのですが皆様いかがお過ごしですか。
今回,同期で近隣の三根 豊君がこの3月に歯科医院を閉院し,医院の建物を改装してギャラリーをオープンさせたということなので,ご紹介したいと思います。
彼によると,「歯科医師は眼が命」ということで,歯冠形成,根管治療といった分野で視力の衰えによる臨床の限界を感じ,60歳を区切りに歯科を引退することを考えていたようです。この3月,開業以来35年間ともに苦労を重ねてきた歯科技工士,歯科衛生士も65歳を迎え,閉院の決意をしたとのことです。
