巻頭言/まっすぐ

服部玄門副会長
副会長
服部 玄門

(東京歯科大学同窓会会報 平成20年8月号/第365号より)

 只今,本部同窓会より学校法人理事長井上裕先生の訃報に接し先生の御永眠の趣を承知致しました。本年1月にお目にかかった時には,大変御元気だったと記憶して居りますが,先生に病魔がひそんでいたとは知るよしもありませんでした。日頃は御壮健であられただけに,ただ驚き入り暫くはその事実を否定しつづけたぐらいであります。

 参議院議長を最後に政界を離れられ,大学の再構築に日々邁進されて居られた矢先のこと故,私共と致しましても非常に残念であります。更に創立120周年記念事業の一環として水道橋移転を決断され,その緒についたばかりでその形を見ることなく去ってしまったのは心残りだと推測するところであります。

 ポッカリ空いた空洞と柱を失った今,私共同窓は,一致団結して大学を支えて行かなければならないと,より一層の決意をしたところであります。先生の御冥福をお祈り致します。

 こんな大きな打撃を受けた私共でありますが,4月に改定された医療保険でも打撃を受けてしまいました。医師として裁量権の消失,規則でのしばり等に,本来の歯科医療とは徐々にではあるが乖離している様な気がしてならない。しかも全体では0.82%の引き下げで,連続してマイナス改定になるわけであります。これは何故なのか。今を去る中曽根「臨調行革」のもと厚生官僚によって医療亡国論が声高に主張され,医療費抑制が長き時代の流れとなり、医師数をできるだけ少なくする政策がとられはじめて居り現在に至っている。

 このような中で「医に経済を合せると言う社会的共通資本としての医療の原点を忘れて、経済に医を合せるという市場原理主義的主張に基づいた政策へ転換を象徴するものであった。現在このような医療体制は,既に,この時から形成されており,戦後最大の危機を迎えていると考えられる。」と東京大学名誉教授の某先生の発せられた言葉である。まさに,その通りの事象が目の前に出現して来たのです。このような状況が続く限り歯科医療の崩壊が叫ばれるのは間近にせまっているのではないかと危機感を感じてならない。

 この悪状況の中,同窓会報(363号)に保険部委員の英知を結集し,今回の保険改定の要点と概略を解りやすく掲載させていただいたところです。まだ,発足して間もない委員会ではありますが,投稿までの時間的余裕のない中,日夜ひたむきな努力と情熱によってこの情報が発信されたことに心から感謝を申し上げたい。これも真直ぐな心と一致団結の心の結果生み出されたものと思っています。

 そこで,今年は,谷川俊太郎の詩のように進んで行きたいと願っています。その一編を敢えて掲載させていただき巻頭の言葉と致します。


『まっすぐ』

 谷川俊太郎

キューピットの矢のように
まっすぐ
レーザーの光のように
まっすぐ

まっすぐはとどく
まっすぐは貫く
まっすぐは跳ね返る
まっすぐは終わらない

赤んぼの泣き声のように
まっすぐ
玉突きの玉のように
まっすぐ

まっすぐを生み出す力は
まっすぐではない
曲がりくねり
せめぎあっている

「魂のいちばんおいしいところ」
谷川俊太郎詩集 1990年 (株)サンリオ