私の臨床ノート「欠損歯列をどう見るようになったか」(その1)欠損歯列への目線と咬合三角(同窓会報第399号より)

私の臨床ノート「欠損歯列をどう見るようになったか」(同窓会報第399号より)/宮地 建夫(昭和42年卒)
宮地 建夫(昭和42年卒)

 この臨床ノートは,私が経験した欠損歯列の臨床記録だと思ってください。戻れない時代背景や診療室という限られた空間での個人体験が,これから前へ進もうとしている若い先生たちに,なにを語りかけることができるのかと考えると,心もとないものがあります。ただこの臨床ノートから「欠損歯列は長い時間軸」で見ていくべきこと,それは患者さんと長く関わっていくことを意味していることが伝わればと思っています。歯科臨床での“長く”は時代や地域を越えて価値あるものだと思うからです。

(その1) 欠損歯列への目線と咬合三角

1.欠損歯列の多様性

 臨床は個別で多様です。そのためちょっとした捉え方・見方の違いによっては正反対を指向してしまうことは,ありがちなことです。患者は多様で複雑だとしても,臨床対応の手段はそれほど多くはありません。そのことが多様な個別性をいくつかにグループ化していこうとする理由です。どのような目線でグループ化し,どのような臨床的な意味づけをしていくか,それがこの臨床ノートの具体的な目標になります。

2.病態と対応手段

 欠損歯列をみると,いきなりどんな義歯を設計するかに関心が集まります。しかしそれは間違いです。欠損補綴(義歯)は問題に対処する手段ですから,義歯設計の前に欠損歯列という病態を理解しなければならない,そのことを常に念頭に置くことが必要です。欠損歯列と欠損補綴は目的と手段という関係なので手段が目的に先行することは不自然です。いきなり義歯設計に取りかかってしまうと「対応しようとする病態」と「補綴装置に期待する役割」の間に文字通り齟齬が生まれてしまいます。

<齟齬「上下の歯がかみ合わない事」から「食い違う」の意味>
欠損歯列の病態は2種類があります。

3.“現在の問題”と“将来の問題”

 患者さんが来院されたらまず「どうされましたか?」と,今なにが問題なのかを確かめるはずです。歯の喪失によって患者自身が抱えている不便,不満あるいは口腔機能の低下という自覚症状の確認です。それは“患者の問題”であり,いわば“現在の問題”です。欠損歯列はもう一つ“将来の問題”があります。欠損歯列が治癒せず永続する一種の慢性疾患だからで,遅速はあっても不可逆的に進行する疾病だと考えておくべきだからです。“将来の問題”はいろいろな兆候をもとにリスクを推測するという作業ですから患者ではなく“術者サイドの課題”と言い換えることもできます。

4.欠損歯列と欠損補綴

 どんな補綴装置が最適なのかは“現在の問題”と“将来の問題”という2つの病態をどう捉えるか,そしてそのどちら側にどの程度軸足を置くかで,大きく変わってくるはずです。現状把握よりリスク予測は難しいはずですから,欠損歯列の見方では直接間接に“将来リスク”をみる目につながることが求められるはずです。強調したいのは欠損歯列と欠損補綴の二つを明確に分け,最初に欠損歯列の病態をどのように掴むかを整理しておく姿勢が大切だということです。

5.欠損歯列の捉え方

 欠損歯列は歯の喪失した歯列なので,歯数が欠損歯列のレベル(進行度)を客観的に計る物差しになると素直に考えていました。臨床でも少数歯欠損・多数歯欠損・少数歯残存など「歯と数」が含まれた言葉で意思疎通が計られていました。そのうち患者の不便,不満あるいは口腔機能の低下は歯の数というより,歯の喪失によって噛み合わせが減少していくことが強く影響していることに気がつきました。そこで欠損歯列という病態の本態を「咬合の損傷」とみなし,咬合支持数を病態のレベル指標にすべきだと思うようになりました。

6.欠損歯列の流れ

基本的には咬合支持数で捉え,歯の数も無視しないような捉え方を模索し,「咬合三角」という方法を思いつきました。

 歯数で捉えれば,無歯顎が欠損歯列の終末になりますが,病態の本態が「咬合の損傷」と考えると,歯の数ではなく,「咬合支持数が喪失」したときが終末とみなすように変わってきました。歯数が半数近く残っていても「欠損歯列の終末」と捉えることには,「無歯顎が終末」という従来の見方とはずいぶんギャップがあり,ためらいもし,どのように整合性をとればよいか迷いました。基本的には咬合支持数で捉え,歯の数も無視しないような捉え方を模索し,「咬合三角」という方法を思いつきました。(図1)

7.咬合支持数と歯数を指標にした咬合三角

 咬合三角はY軸に咬合支持数を,X軸に歯数を目盛りにとりました。左上の頂点が28歯で上下14カ所が咬合支持している健全歯列の位置にあたり,右下隅が歯数0で無歯顎の位置です。この図によって歯数を無視することなく,咬合支持数を基調にした病態把握の物差しを手に入れることが出来ました。問題の多かった症例を図上にプロットしてみると,咬合支持数が4カ所以下になると経過の中で多くの問題を抱え出します。そのとき咬合していない歯が多数あると,さらに難症例になることも分かってきました。便宜的な目安にですが,咬合支持数4・歯数10歯で囲まれた第三エリアを欠損歯列の終末エリアとみなすことにしました。

8.重症化とリスク

 咬合三角から,2つのことが分かりました。一つは咬合支持の減少とともに臨床的なトラブルに悩まされる傾向が強く,重症度を表していること。もう一つは咬合支持の減少は欠損の進行を加速し,“リスク”予測の参考になりそうということでした。“現在の問題”と“将来の問題”は別々にではなく一連の流れの中に存在している病態だという極めてシンプルな傾向を学びました。

文献)