副会長
藤原元幸
(東京歯科大学同窓会会報 平成27年2月号/第399号より)
東京歯科大学の校歌として我々同窓はだれでも知っている言葉であります。これを作詞した北原白秋先生は一般の人から見て「医」のイメージとして真っ先に浮かんでくる言葉が「済生」と「仁」で,しかも最も重要な言葉として選んだのだと思います。
校歌を歌うときには「校旗は燦たり風ひるがへれり」と「医はこれ済生ひとへに仁なり」を繰り返し言葉として発することが東京歯科大学の原点として体にしみこんでいくと多くの同窓の先生がたが感じているのではないでしょうか。
さてその「済生」ですが,今回パソコンで文字を入力していったら,「済生」の文字が変換できませんでした。そこで辞書を開いてみると,小学館,旺文社の国語辞典にはなく,この言葉は一般的ではないのかなと思いながら角川の国語辞典を見たら,そこには載っていて,とても安心しました。そして広辞苑にも載っているのを見て,業界の造語ではなかったのだと確信しました。
この言葉は医療関係の人には必ず頭の中に入ってなければならないものと,私は考えるのですが,皆様はいかがお考えになるのでしょうか。
「済生」とは生命を救うことと前述の辞書には載っています。最近,歯科において「済生」はとても重要な考え方になってきています。それは我々歯科医が担う歯や口腔の健康の維持が,生きていく上でのQOL の向上や,いまや高齢者の死因の3番目となっている肺炎の予防に寄与しているからです。このことを予見することができたのか,それとも医療の理想型としてのあり方をこの詞に込めたのかを想像するしかないのですが,校歌としてすばらしい言葉を使って頂いていると思っています。
「仁」,広辞苑によると,孔子の教えを一貫している政治上・倫理上の理想。博愛をその内容とし,一切の諸徳を統べる主徳。とあります。医はそもそも仁術であったはずです。校歌のこの歌詞を頭の片隅に置きながら,算術になってしまった医術を仁に戻すのも我々同窓の務めではないでしょうか。
また,校歌の一番から四番まで次のようになっています。一番:我が師と見(まみ)えむ。二番:我が師を讃(たた)へむ。三番:我が師を繞(めぐ)らむ。四番:我が師を護(まも)らむ。すなわち,東京歯科大学に行ってこの道の師と賞賛すべき方にお目にかかり,その徳を賞賛し,繞って(囲んで)教えを受け,ずうっと教えを受け続けられるようにお護りしようというまさにアカデミア構想なのではないかと思います。
校歌の歌い出しは「校旗は燦たり風ひるがへれり」であります。我々同窓は校旗の基で医の原点を謳い,我々が何をなすべきかを常に考え,先輩の教えを伺い,それを後輩に言い伝えて行こう,と言うのが東京歯科大学の校歌であると思います。最近はグローバル化に合わせて,表面だけをスーッと見る経済性中心の世の中になってきています。全ての人が謙虚な気持ちで過去を認識し,そして真実を探求し,正しく判断できる世の中であることを願い,今回は東京歯科大学の校歌を北原白秋先生の自筆の物を見比べながら,久しぶりに辞書を引きながら思ったことを述べてみました。
今年も同窓会活動に沿った活動をして参りたいと思っております。どうか宜しくお願い申し上げます。