カメラとプロダクトデザイン/関根 秀志(昭和62年卒)

 昭和62年卒(爽翔会)の関根秀志です。本年度から東京歯科大学クラウンブリッジ補綴学講座の所属となりました。ごあいさつを兼ねまして,趣味と実益を兼ねます自分とカメラとの付き合いを紹介させていただきます。


 はじめに少し,自分とカメラの付き合いについて述べさせていただきます。カメラや写真撮影については,自分の父親が好きで,家にはカメラがいくつもありました。子供のころから,操作が簡単なカメラを見繕ってもらい,使わせてもらっておりました。中学校には幸い写真部があり,暗室が使える環境で写真を楽しんでいました。
昭和62年卒業の自分が東京歯科大学に入学したのは昭和56年,東京歯科大学が千葉に移転した年でした。とはいえ,自分たちの学年は市川進学過程の体育館で入学式に参加をし,移転した夏休みまでの4カ月間を市川で過ごしました。
学生時代,自分は故見明 清教授が率いておられました写真部に所属していました。現像や紙焼き操作を練習する合宿や撮影会,写真展示など活発に活動しておりました。千葉校舎に移りましてからは,現在では臨床研修医・臨床実習生の宿泊施設となっております合宿棟に,部室と暗室の2区画を写真部で使用させていただくことができ,昼間も光が漏れない暗室を存分に使用できるようになりました。
自分の身の回りには鉄道写真に熱心で,鉄道雑誌の表紙を飾る者や,芸術的な写真を撮って,写真雑誌にたびたび入選する者など,本格的に写真活動している部員がおりました。一方,自分は特にテーマを持てず,モノや風景などを自由に雑多に撮影していました。写真画像の創作活動に取り組むというより,フィルムを巻き上げたり,ダイヤルを回したりといったカメラいじりや暗室操作などが好きで,自身の操作が思った通りの結果にたどり着く過程を楽しんでいたように記憶しております。
大学を卒業し,医局員となってからは,旅行や町中のスナップなど趣味の写真を楽しむ一方,医局の冠婚葬祭や学会の記念事業の記録,大学広報の仕事もさせていただき,創立100周年記念や歯科医学会総会の記録など,貴重な瞬間に立ち会わせていただきました。そして,医局員となってから現在まで,最も多く撮影したのは患者さんの口腔内や技工操作・補綴装置など自分の仕事に関わる写真であろうと考えます。所属しておりました歯科補綴学講座では症例の写真記録を奨励しており,入局したての頃は講座所有のカメラで写真を撮り始め,興味を持って症例を継続して記録し始める頃には自分のカメラを持つ…というのが医局員の姿でした。

 当時は,ボディー本体が小型で,リングストロボのバッテリーをボディー上部に取り付けることができたオリンパスのシステムを多くの先輩方が使用されていました。そのような中,憧れのカメラを自分で好きに買い求めるほど経済的な余裕がなかった自分は,例によって父親がほとんど使わずに(たぶん)持っていた口腔内撮影用のニコンのシステムをもらい受け,症例の記録に励みました(1)。
この当時のカメラは銀塩フィルムを使用するもので,スライド用のポジフィルムを使用して,口腔内を撮影していました。このニコンのシステムでは,マクロレンズにリングストロボが内蔵されており,撮影倍率を段階的に調整するだけできれいな写真を撮影でき,しかもその倍率をフィルム画角の端に移しこむことができるという優れモノでした。そして,撮影した日付をやはりフィルムに写しこむために,フィルムをカメラに装填するカメラの裏ブタをデータパック用に交換して使用していました(2)。ストロボの電源が別体となっており,安定供給されるのはありがたかったのですが,電源やコードの取り扱いが厄介で唯一改善を望むポイントでした。一方,口腔内写真撮影の専用カメラが京セラ株式会社から発売され,取り回しの良さからこちらも重宝して使用していました。

 自分が使用していたカメラ本体は,ニコンのF3という機種で(3),黒いボディーと直線的なデザインが特徴的な,1980年から製造されていたものでした。このカメラは,ジョルジェット・ジゥジアーロというイタリアのデザイナーによるもので,クラシカルなカメラデザインを生かしながら,モダンな仕上がりとなっており,そのデザインに一層愛着が深まり,愛用しておりました。

 ジゥジアーロは,1938年生まれで今年82歳,いまだ健在のようです。もともとイタリアを中心に車のデザインを手掛けていた人で,映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のタイムマシンであるデロリアンの設計を手掛けたことで名前をご存じの方も多いのではないでしょうか。直線を基調に柔かい曲線との融合が,ジゥジアーロデザインの共通の特徴であるといわれています(4)。車以外に(3)も,鉄道車両からオートバイや自転車,家具,家電製品等,幅広く仕事をしており,日本においても車やカメラを中心に腕時計やヘルメットなどたくさんの作品や製品が生まれています。
一方,社会状況の変化と同様に,カメラの世界にもデジタル化の波は押し寄せ,2000年頃にはデジタルカメラがだいぶ普及してきました。趣味の写真はもとより,報道写真などプロの写真家の方々におかれましても,「デジタル画像表現は銀塩を超えた!」との判断と,画像データの取り扱いの容易さなどフィルムカメラに対する多くの利点があるデジタルカメラの使用頻度が高まってまいりました。
自分も,症例写真撮影をデジタルに切り替えなければと考えながらも,タイミングを逸しておりましたところ,2003年に千葉校舎から水道橋校舎に仕事を移動することとなり,それを機会にデジタルカメラを導入することといたしました。

 その折の機種選びにおきましては,リングストロボがマクロレンズを自動調光する機能に魅力を感じてキャノンのシステムを選択しました。また当時,デジタルの一眼レフカメラボディーでは最も軽く,経済的にも負担が少なかったデジタルイオスキッスの初代を使い始めました。すぐにデジタルのシステムに慣れることができ,フィルムと比較して撮影枚数が増えることに気兼ねすることがなくなりましたので,撮影枚数がだいぶ増えました。2009年頃にボディーとレンズの接点の故障の修理ができなくなり,ボディーを3世代目のイオスキッスに交換しましたが,レンズとストロボは今も使い続けています(5)。
このボディーのデザインは,ニコンF3とは対照的で,ボディー上部の軍艦部がなだらかな局面で構成されています(6)。このような造形のカメラボディーは,当時のキャノンカメラの特徴のひとつで,その後にはニコンをはじめ他のメーカーからも同様の流れを持つデザインが多数見受けられるようになりました。私見となりますが,このようなカメラデザインの流れの源となったのは,フィルム時代のキャノンのカメラT90,愛称「タンク」であろうと考えています(7)。1986年に製造が開始された本機種は,電子制御が進み,多彩な測光機能や露出モードが備わり,高機能なモータードライブを内蔵するなど当時の最新最高機種でした。そして,このカメラをデザインしたのはドイツ出身の工業デザイナー,ルイジ・コラーニでした。機械工業製品の類に漏れず直線的なデザインのカメラが多い中,それまで見たこともないような局面で構成されたT90のデザインは,高い機能スペックとともにこのカメラの評価を高めた要因となっていました。

コラーニは,1928年,ベルリン生まれで,残念ながら昨年お亡くなりになり,話題となりました。コラーニも,カメラや車のデザインを手掛けていますが,ジゥジアーロよりも活躍の場は広く,いわゆるSF映画に登場する「未来の〇〇〇」を感じさせるような航空機や船舶から住宅や家電製品,食器,文房具などに及び,市販された製品が多く,現在も愛用されている方々も多いように感じています(8)(9)(10)。幼少期に身の回りの自然の物体を顕微鏡で観察しつくしたといわれているコラーニのデザインの特徴は,「自然界に直線は存在しない」と言わんばかりの曲線・曲面主体の造形であろうと考えます。「バイオデザイン」,「オーガニックデザイン」などと称される特徴的なデザインの数々が,1980年代に小学館から出版されたコラーニの特集書籍にまとめられています(11)(12)。日本における活動にも積極的で,幾多の展示会の開催や書籍の発行などとともに,1985年に筑波で開催された科学万博ではロボットのデザインを手掛けるなど,日本における高い知名度を持っていました。今日,本邦では英語の授業などでアルファベットの筆記体を学修する機会が減ってきているように漏れうかがっています。コラーニは,英語のアルファベットなどよりも,アラビア文字の柔かい標記を好み,それに通ずる視点で日本語のひらがなをとても気に入っていたということです。

 本稿では特徴のある二人のデザイナーによるプロダクトデザインについて取り上げました。どちらが優れている…ということではなく,工業製品の機能・性能の向上とともに変化するデザインに,創作者の創意工夫を感じることができ,どれも魅力的で奥深い興味を感じています。
今般,COVID-19感染をきっかけに,大学ではオンラインによる講義を余儀なくされ,使用する教育コンテンツの作成に日々明け暮れています。そして,それらの教育用素材では,従来からの視覚素材である静止画のみならず,動画を用いることの教育効果の向上が指摘され,一気に動画撮影,編集作業が日常的になってまいりました。今後,AR,VR といった技術を教育に取り入れていくことになっていくのであろうことは想像に難くございません。そのような中で,自分たちが今後新たに手にする器材に,その機能を象徴するような素敵なプロダクトデザインを与えられた機器がたくさん生まれてくることと思い,大変楽しみに感じているところです。


【参考文献】
藤本 彰 編『21 世紀を創造するルイジ・コラーニ』小学館(1984 年).