『歯医者 役者 果報者 ~人間万事塞翁が馬~』/常木 哲哉(昭和61年卒)

常木哲哉先生のご紹介

 常木先生は昭和61年にご卒業され,現在は新潟で実家を継ぎ歯科医師としてご活躍されております。学生時代より多趣味でありましたが最近は地元の劇団に入りテレビや映画にも出演されていて日々楽しんでおられる常木先生をご紹介いたします。

(広報委員会副委員長 福井雅之)


 本投稿に至るきっかけは,新潟UXテレビ特番『野口英世は死なず~永遠のノーベル賞候補最期の帰国から100年~』に野口英世役で出演したことではなかろうかと。同窓会創立120周年にそのDVD が配布されたのですが,光栄というより汗顔の至りであります。皆さまご存じのように,血脇守之助先生が果たされた功績はあまりにもおおきく,血脇先生と出会わずして,後世に語り継がれるような野口英世はなかったであろうと感じるところであります。
最初に宣伝めいた内容になりますが,話題の映画『るろうに剣心』の大友啓史監督の新作『ミュージアム』(小栗旬,妻夫木聡,伊武雅刀,松重豊さん他)が今秋封切されますが,その中で刑事のチョイ役でエリート刑事役の小栗さんなどと同じ場面で出演させていただきました。
芝居,始めた理由を振り返っても漠然としていますが,ひょんなことから稽古の見学に参加した後は,流されるままに。それが高じて,舞台,映画,テレビなどに出演させていただくことになりました。シェイクスピアの言葉に【この世は舞台。男も女も役者にすぎない】とありますが,限られた人が,限られた場所で,限られた時間だけ定められた役回りをこなすということでしょうか。日常生活において人は無意識に芝居をしていると感じることがあります。冠婚葬祭,キャンセルするとき,嘘をつくとき,褒めるとき,子供の担任に接したとき,言い訳するとき,などそれこそ数多くの場面で。芝居を通して新たな自分との出会いというか,自分の内に隠された意外ないい面,悪い面を垣間見ることがあります。例えば,普段の生活の中で,辛い場面,いやな場面では,今ではこう自分に言い聞かせます。『これは芝居なんだ。このシーンもいつかおわる』と。もちろんNGのでることもありますが。

 うちの劇団(市民劇団,座・未来)は,人数,規模,構成割合,などみるとアマチュアでは全国的にも珍しく,役者は幼稚園児から60歳代まで老若男女30~40人の大所帯であり,仕事もさまざまで,主な演目は地元にちなんだ時代劇,現代劇です。子役でも芸歴の長い先輩ですから,しばしば教えてもらいます。時期により週に1~3回の稽古は,今や生活の一部となり,向学のために気づくと東京へ観劇に通うようになりました。行ける週末に2~3本は見るように。果ては芝居以外にもオペラ,ミュージカル,寄席,歌舞伎まで観るようになり,身体づくりのためにと,ヨガ,整体,ダンス,和太鼓,篠笛,まで始め,当然,家族のあきれる顔はいうまでもありません。
そうこうしているうちに,県内のよその劇団から客演としてお誘いがくるようになりました。
役柄としては,17歳高校生,70歳のソムリエ,やくざ,女衒,刑事,バカ殿,悪奉行武士素浪人,オタク,ストーカー,などですが,客演はありがたいことですが,完全アウェイの状況で試され,要求され,期待されるので,一種の武者修行のようなものです。

 本番前稽古は約4ヵ月。台本を読み込み,互いに議論して稽古が進みます。チームワークが大切なのですが,元々役者志望者は変わり者が多く,各自の想いが強いだけに,誤解,衝突,いざこざはままあります。青春時代のように懐かしく,実はそれを楽しんでいるのですが。本番1か月前になると,運転事故に細心の注意を払い,もし降板したらどれほどのご迷惑をおかけするのか,心穏やかではいられず「何かの事情で中止か延期にならないかなあ」と,緊張感のあまり逃げ出したくなります。いよいよ本番前日はまさに学生時代の口外の口頭試問前のようです。過度のストレスから嘔吐感,頻脈,動悸,心がざわめき,気がつけば深いため息。誠に失礼ながら齊藤力先生,髙野伸夫先生,他,の口頭試問前を思い出さずにはいられません。と同時にワクワク期待感も上昇します。
いただいた微々たるギャラのうれしさは,いつも初給料のような気恥しさとこみ上げる喜びです。
また,映像と舞台ではその手法が大きく違います。舞台は例えるなら1枚の額縁の絵画。生の一発勝負。映像はまばたき,皺までアップ,カメラワークと編集で作りこみ,できるまでなら朝まで撮りつづけます。

 いまでも脳裏をかすめる思い出は…
新潟県巻町舞台,原発の映画『渡されたバトン』(脚本ジェームス三木さん)での撮影の出来事です。名優赤塚真人さん,ケーシー高峰さん,宍戸開さん,ほかが出演。
自治会長役の私の出番は,名前は存じ上げませんが,TVや映画でお馴染みの脇役の方々との原発是非をめぐっての会議シーン。止まらない冷や汗(なんと自分は場違いな?)で,撮影開始(やはり無謀だったか)。何度も場面を取りなおし(素人なんだから大目にみて),その都度変更されるセリフ(えっまた変わるの)。要求される自然な動き(できっこない)。監督が『常木さん,舞台じゃないから声張らずに,表情も抑えて』(そうしてるつもりなのに)。当然緊張は加速してクライマックスへ。唾液腺閉塞,汗腺崩壊,筋肉硬直,涙こらえ,うわの空に。その時監督が『休憩,常木さん,ちょっと外してコーヒーでも』(うわっ,地獄に仏)流れる汗をぬぐいながら女性スタッフ(あなたは天使だ)の入れてくれたコーヒーもやっとの思いで流し込む。(これで撮影終わってくれ)。ふと撮影現場を見ると,なんと,全員がスタンバイしてるではありませんか。(えっなんで?休憩は俺だけ?)即座に戻り最敬礼『申し訳ございません』(お願いだからもう帰して)。否応なしに『はいスタート』の声(頼む。土下座するから帰して)…監督のお気遣いだったのです。
いわゆる『松方やすみ』『梅宮やすみ』ならぬ『常木やすみ』と,後段からかわれ。
その先は記憶が曖昧で,NGは数え忘れ,10分のシーンを約4時間かかりました。
今あるのは,こうしてどれほど周囲の方々に恵まれたことか,かみしめています。
劇団の演出は元東京キッド所属のSさん。演技の師匠は元青年座所属で竹中直人さん同期のFさん,制作スタッフ(舞台監督,大道具,音響,照明,歌唱ダンス指導)は,それこそ元劇団四季,元東京キッド,いわゆる商業演劇経験の職人さんたち。嬉しいことに東歯の同期も観に来てくれました。
すべては人にご縁を作っていただき,自分は導かれるままに今に至っています。
我が細君があきれて曰く【やはり野に置けレンゲソウ】と揶揄される小生は,家におくと萎れるらしく,外で花咲いてこその存在と。でも今では,家族もあきらめて,舞台公演を観に来ます。身内だけにドキドキものらしいですが。認知症の母も感激して泣いてくれました。先般他界した父に舞台をみせてあげられなかったことが,心残りです。

 開業後24年になりますが,30歳代は歯科セミナーに通いつめ,地域起しと自己啓発の青年会議所活動に勤しむ無趣味人間であり,40歳代後半以降に,切れた凧のようにレンゲソウ生活に変わっていくのでありました。海外へマグロ釣りに,ソウルダンス,バンドでパーカッションでのライブに参加し,ボイストレーニングを習い,PTA会長,自治会長,異業種交流にまで。家族のあきれた顔と苦笑いはいうまでもありません。そして,これからはアウンサンスーチー氏率いる党の政権交代で揺れ動くミャンマーへの歯科的アプローチを思案中。
人生,何が後年幸いするかわかりません。と,おめでたい果報者は【人間万事塞翁が馬】と感じています。このような機会を与えていただいた同期の福井先生ならびに広報の先生方,ありがとうございました。