私の臨床ノート「欠損歯列をどう見るようになったか」(その4)経過とその評価(同窓会報第402号より)

私の臨床ノート「欠損歯列をどう見るようになったか」(その4) 経過とその評価(同窓会報第402号より)/宮地 建夫(昭和42年卒)
宮地 建夫(昭和42年卒)

(その4) 経過とその評価

 1回から3回まで主として,欠損歯列の病態をどのように読んでいるかという話題でした。今回は補綴後にどんな経過を辿ったか,その経過の評価について取り上げてみました。

1.欠損パターンと欠損補綴

 この症例の(図1の上段)は上顎前歯を支台歯にとりこみ,二次固定を期待した補綴設計を選択しました。選択理由の第一は欠損パターンです。この症例は歯式ではCummer分類のパターン1ですが,実質的にはパターン6から,パターン8へ向かう流れの中にあると見なしました。パターン6から8へ向かう臨床頻度が多いことも一つの判断材料ですし,上下顎の歯数バランスも参考になりました。つまり欠損歯数上顎7歯,下顎4歯で上下顎の歯数差が3歯も上顎歯の喪失が先行し,歯数バランスが崩れかかり,上顎歯の保護が優先されます。

2.上顎前歯部の2つの補強方法

 上顎前歯部を補綴的に補強する方法は一般に二つの方法が提案されています。それは一次固定と二次固定と名付けられ,一次固定は前歯部を直接固定する方法で,二次固定は可撤性義歯によって間接的に前歯部を固定する方法です。患者サイドからは一次固定を望まれる傾向にありますが,歯列条件や支台歯条件が厳しく先への不安要素が強ければ術後対応能力に勝る二次固定を選択したいと思っています。

3.欠損補綴のリスク予測(遊離端欠損と中間欠損のリスク)

 上顎は歯列内配置が良好で,中間欠損になっています。中間欠損の義歯は回転沈下がなく安定し,強固な咬合再建が獲得されますが,その分受ける力が大きくなり義歯の破損が起こりやすくなりますし,義歯を頑丈にすればどこか弱い支台歯が力負けしやすくなります。これらは欠損補綴後のリスクといえるでしょう。一方下顎は左右大臼歯部の4歯を喪失した両側遊離端欠損です。遊離端欠損では粘膜負担部分は経時的に沈下が大きく,強固な咬合再建を確保しにくくなります。多くの支台歯を動員し義歯の回転沈下を防ぐことを意図しても,その効果を長く持続することは難しいようです。強引な咬合再建を目論むと補綴側(遊離端部分に近い)の支台歯から力負けしていくことに繋がります。歯列の条件が厳しく,咬合再建の必要性が求められれば,求められるほど,それを担う欠損補綴後のリスクは高くなりますから,術後の備が大切になります。

4.術後の経過(時系列)

 下顎は食事の不便がないことに加え,右下の支台歯に不安があり,当面義歯未装着の短縮歯列を選択しました。3年経過(65歳)右下第二小臼歯の自然脱落,16年経過(78歳)左下第二小臼歯を抜歯。左右第二小臼歯を失いましたが食事の不便は訴えませでした。状況が変わり力の分散などを考えると,この時点で下顎義歯が必要であることを説明し,装着することにしました。
 18年経過(80歳)左上7が自然脱落,上顎義歯を口腔内で修理しました。
 同年有髄歯だった右下第一小臼歯の歯冠水平破折が起こりましたが,そのまま根面Cap として義歯内に取り込みました。
 25年経過(87歳)定期検診の折,右下犬歯の舌側歯頚部カリエス。28年経過(90歳)左下第一小臼歯(無髄歯)の歯冠部に水平破折が起こりました。

5.経過の評価

 欠損歯列のような継続疾患ではどのように補綴したかというプロセス評価ではなく,経過や結果というアウトカム評価が必要で,それが経過観察の一つの役割だと思っています。経過の評価には3つのステップが必要です。最初に初診時(補綴治療前)の読みです。どのレベルまで病態が進行しているかを捉まえます。そして第2ステップでは未来予測で,どこへ向かっていきそうかを推測します。その上で第3ステップとして,実際になにをしたら,結果どうなったか? 長い目でみると予測はほとんど外れますが,そこから多くの臨床的示唆が得られるはずです。なにも予測しないで結果に一喜一憂しても経験の蓄積は期待できません。

1)歯の生涯図による経過の評価

 初診時62歳で現存歯数が17歯は当時(1980年代)の平均よりやや速い喪失速度であり,過去のデータから60歳代後半からはさらに歯の喪失速度が急カーブになりそうで“これから注意しなければ”ならない症例だろうと将来リスクを予測しました。現実に28年経過し,その間いろいろな問題があり3歯を失い90歳で14歯になりました。(図1の中・下段)3歯も喪失しましたが,28年間ですので10年間に1.1歯という速度計算になります(図2)。平均的な減衰曲線と比較するとある程度喪失の抑制効果があったとみなすことができます。最近(2012年)の調査値と比較しても喪失速度のコントロールが確認できます。

2)咬合三角による経過の評価

 初診時第三エリアの直前の位置にあって「崖縁にきたハイリスク症例」であり危険を見逃(β過誤)さない注意が必要で,少し積極的な補綴により難症例に結びつきやすい第三エリアへの突入を阻止したいと考えました。その経過をみると3歯の喪失はすべて咬合支持歯ではなかったために,咬合三角でみると水平に3歯ずれたことになり,心配した第三エリアへの陥落は回避されました。前歯部の二次固定の目論みが功を奏したとみなせないでしょうか。

3)欠損パターンによる経過の評価

 欠損パターンはパターン6から8へのコース途上にあると先読してみましたが,経過後の歯式ではパターン2に,口腔内の流れとしてみると,歯数バランスが改善されパターン46に近似してきたとみることができます。このパターン46は歯根膜支持同士また粘膜支持同士が上下顎に向かい合っていて,遊離端欠損部へ「加圧因子」が強く食い込むパターンと異なり歯数の減少のわりには日常生活に不満・不便の比較的少ない病型だと思っています。これも二次固定が効果的に働いたと思っています。図2を利用すると事前評価と事後評価を同一指標で比較できます。比較することで,より経過の意味が理解され体験が深く蓄積されていくのではないかと考えています。

6.経過観察のもう一つの意味

 経過観察はただ「見守る」という言葉の意味かもしれませんが歯科臨床では,経過中の変化に応じた臨床対応を含めて経過観察と呼びます。経過には臨床記録は必須ですし,まず患者さんとの価値観の共有がなければ長い関係は持続しません。長い経過を経験するうちに,補綴という言葉は「補いながら綴っていく」という意味だと思うようになりました。1年間ありがとうございました。
 同窓会ホームページ“会報アーカイブス”では症例写真がカラー掲載されています。



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